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【人事労務ニュース】 業務中に社有車で事故を起こした従業員への損害額の請求可否

 事業活動を行う上において、一定確率での社有車による事故は不可避ですが、従業員が安全運転を怠り、事故を起こしまった場合、会社は従業員に対して修理費などの損害額を請求することができるのでしょうか。以下では、こうした事故に関する損害賠償に関し、押さえておきたいポイントについて解説したいと思います。

 労働契約を締結する際、「事故を起こした場合には10万円を請求する」といったように、損害賠償額を予定した契約をすることは労働基準法において禁止されています。これは、損害が発生する前に損害賠償額等を定めることにより、従業員の身分が拘束されることを防ぐという理由に基づいています。ただし、現実に生じた損害を請求することは禁止されておりませんので(昭和22年9月13日 発基17号)、繰り返し事故を起こすなど従業員側にも過失があるような場合は、実際の損害額について請求することは可能とされています。

 しかし、過去の裁判例を見てみると、業務遂行上において従業員の軽過失に基づく事故については、労働関係における公平の原則に照らし、会社は損害賠償請求権を行使できないものと解することが相当であるとしたものがあります(大隈鉄工所事件 名古屋地裁 昭和62年7月27日判決)。また、相当な過失がある場合であっても、損害の公平な分担という見地から、信義則上相当と認められる限度において請求することができるとされています(茨城石炭商事事件 最高裁判例昭和51年7月8日)。実際にこの事案では、従業員に対して、損害額の4分の1を限度として損害の賠償を請求することが認められました。

 このように会社は従業員の労務提供により事業を営み、利益を上げていることから、原則として従業員に対して実際の損害額をそのまま請求することは難しく、仮に従業員に過失が認められる場合であっても、損害賠償の請求額は、一定の範囲で制限されると考えることが相当となります。

  そのため会社は、そもそも従業員が事故を起こさない予防策として安全運転教育を徹底するとともに、実際に事故が発生した際には事故報告書を提出させたり、会社から指導書を交付するなど、具体的なアクションをとることが求められます。

関連法規
[労働基準法 第16条(賠償予定の禁止)]
 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
裁判例
[大隈鉄工所事件(名古屋地裁 昭和62年7月27日判決)]
  Xにおいて、これまで従業員が事故を発生させた場合、過失に基づく事故について損害賠償を請求し、あるいは求償権を行使した事例もないこと、さらにはYのX会社内における地位、収入、損害賠償の負担能力等の諸事情を総合考慮すると、XはYの労働過程上の(軽)過失に基づく事故については労働関係における公平の原則に照らして、損害賠償請求権を行使できないものと解するのが相当である。

[茨城石炭商事事件(最高裁第一小 昭和51年7月8日判決)]
 使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである。」として、4分の1を限度として求償を認めるもの。


 

※文書作成日時点での法令に基づく内容となっております。